横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)606号 判決 1962年8月20日
判 決
原告
中村正雄
右訴訟代理人弁護士
大友秀男
被告
古谷正幸
被告
塚本和夫
右被告両名訴訟代理人弁護士
三浦徹
右当事者間の昭和三六年(ワ)第六〇六号登記抹消請求事件について、当裁判所は昭和三七年六月二五日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。
主文
被告古谷正幸は原告に対し、別紙目録記載の物件につき横浜地方法務局昭和三五年一一月一五日受付第六七七七五号、同年同月九日金銭消費貸借による債務金百万円を弁済しないときは所有権を移転する旨の同年同月一〇日停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転仮登記及び同法務局昭和三六年三月一六日受付第一五四三三号同年三月一六日代物弁済による所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ、
被告塚本和夫は原告に対し、別紙目録記載の物件につき横浜地方法務局昭和三六年三月三〇日受付第一八四〇八号同年同月二九日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
「一、別紙目録記載の物件は原告の所有に属するが、原告は被告古谷正幸から昭和三五年一一月一〇日、金六十三万円、同月一二日金二十四万三千円、合計金八十七万三千円を利息年一割八分、弁済期昭和三六年二月一〇日、期限後の損害金日歩金九銭八厘の約束で借受け、その際右物件を担保として、これに抵当権を設定し、且つ期限に右債務を弁済しないときは右物件を金七十万円に評価し、その金額の弁済に代えて右不動産の所有権を被告古谷に移転するという代物弁済の予約をなし、同被告のため同月一五日右物件に抵当権の設定登記及び代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をした。
二、ところで、右昭和三六年二月一〇日の弁済期は、同月九日の約定により同年三月一〇日に延期され、また三月一〇日の延期せられた弁済期はさらにその後同年四月一〇日に延期されたが、被告古谷は最後の期限前である三月一六日に原告に何の意思表示なきまま原告より予め交付されていた登記手続に必要な書類を使用して本件物件につき代物弁済を原因とする所有権移転登記をなし、ついで同月三〇日被告塚本に対して売買を仮装し、同人のため売買による所有権移転登記手続をした。
三、しかし右消費貸借の際作成された公証人篠原治朗作成第七三六〇六号金銭消費貸借契約公正証書には前記実際の貸借金額をはるかに上回る金百万円の額面を記入し、さらに前記利息年一割八分の約旨にも拘らず被告古谷は原告から利息として一日金二千円の割合による法外な金員を昭和三五年一一月一〇日より昭和三六年三月一五日まで徴収したのみならず、本件物件の時価は八百万円以上であるのにこれを僅か金七十万円に評価して代物弁済の予約を締結させたこの予約自体原告の窮迫に乗じ、不正の利得を図つた公序良俗違反のものと見る外なく、無効である。仮にそうでないとしても被告古谷は前記のとおり予約を完結できない弁済期間前に、予約完結の意思表示をしないで代物弁済による所有権移転の登記をしたのであるから、右代物弁済は効力がなく、従つて所有権移転もなしえない。さらに被告塚本は被告古谷と通謀して虚偽の売買をしたのであり、仮に真実これを買受ける旨の契約をしたとしても、被告古谷に所有権が移らない以上被告塚本が所有権者となるわけがない。
四、被告両名は前記取得登記を経由すると同時に本件物件を他に売却すべく奔走したので、原告は被告塚本を債務者として横浜地方裁判所に処分禁止の仮処分命令を申請し昭和三六年四月一六日該決定を得たが同被告が異議を申立て口頭弁論に基く判決により被告塚本の敗訴が確定した。被告等は右判決を承認して右仮処分に対するそれ以上の異議を放棄し、単に金銭債務の請求として前記公正証書に基いて、昭和三六年八月一日原告所有の動産に対して強制執行をなすに至つたものであるから、被告塚本も本件物件の所有権を取得する謂われがない。
五、なお前記被告古谷の原告に対する貸金は、既に原告が昭和三六年四月一三日被告古谷の受領拒絶により民法第四九四条に基き元本に利息及諸経費一切を併せた金九十一万三千二百三十三円を供託し弁済を了している。
六、よつて被告等の各登記はいずれもその登記原因を欠き抹消さるべきものである。」
と述べ、被告の弁済の延期についての自白の撤回に異議をのべ、立証(省略)
被告訴訟代理人は請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求め、原告主張の請求原因事実については、
第一項中原告が被告から借用した金員は金百万円であり、利息、手数料、登録税その他として金七万三千円を差引いて金九十二万七千円を交付した。その余の事実は認める。と述べ、
第二項については、本件第四回口頭弁論期日において、原告が支払期に弁済ができなかつたので、被告古谷は原告の求めに応じて一ケ月宛二回延期したことを認める旨述べたが、第六回弁論期日において、右自白は真実に反し錯誤に基くものであるからこれを撤回する。延期をしたのは一ケ月だけであつて、昭和三六年三月一〇日までであり、原告は右期日を過ぎても元金の支払ができないに拘らず、三月一三日に突然大友弁護士を伴つて被告古谷に対し、本件物件を売りに出したとか、暴利であるとかいつて高圧的に延期を強要したので被告古谷は原告の態度を憤り、その場で代物弁済により本件物件を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をなし、かねて原告より受領していた登記書類に基き所有権取得の登記手続をした。その後被告古谷は差当り右物件を直接必要としなかつたので、被告塚本が、アパートを建築するためその敷地を物色していた関係上金百十万円をもつて同人に右物件を売却したものである。と述べ、
第三項については、約旨に基き原告より被告古谷が利息として金六万円宛三回(一二月、一月、二月分)受領したこと及び本件物件を被告古谷が被告塚本に譲渡したことは認めるがその余は否認する。とくに原告は訴外内山商事より本件物件を担保に金六十三万円を借受け、期日を経過するときは本件物件を代物弁済により右訴外会社より取得されることになつていたところ、たまたま訴外作元弁護士によつて被告古谷の紹介を受け、被告古谷は原告からいわれるままに金百万円の消費貸借契約を締結するに至つたものである。即ち原告は被告古谷に対して本件物件を担保に金員を借用した経験もあり、いわゆる金融関係の知識も相当にわきまえていたばかりでなく、被告古谷は原告に対して、同人に対する金融によつて巨利を博すべき意図のなかつたものであるから、本件代物弁済の予約が公序良俗に反するものとはいえない。と述べ、
第四項以下については、原告が仮処分をなし、被告塚本が異議の申立をなし、その結果原告は疏明不十分で金二十万円の保証を更に供託する旨の判決がなされたものであり、また被告古谷は原告に対し、金百万円の本件債権中本件物件を金七十万円と評価し、残額金三十万円につき強制執行をしたもでのある。旨述べ、
立証(省略)
理由
別紙目録記載の不動産が昭和三五年一一月一〇日当時原告の所有に属し、その頃原告が被告より少くとも金八十七万三千円以上であることに争のない金員を弁済期を昭和三六年二月一〇日と定めて借受け(但しその正確な金額については争いがある)その担保として右物件に抵当権を設定し、且つ期限に右債務を弁済しないときは、右物件を金七十万円と評価してこの弁済に代えて右物件の所有権を被告古谷に移転するという代物弁済の予約をなし、同被告のため昭和三五年一一月一五日右物件に抵当権の設定登記及び主文第一項掲記のような代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、ついで、昭和三六年三月一六日右物件につき被告古谷のために右の代物弁済を原因とする主文第一項掲記のような所有権移転の本登記がなされ、同月三〇日には被告古谷より被告塚本に対し、右物件につき主文第二項掲記のような売買による所有権移転登記がなされ、現在本件物件の登記簿上の所有名義が被告塚本に移つていることは当事者間に争いがない。
原告は被告古谷が、本件物件は時価八百万円以上のものであるのにこれを僅か金七十万円に評価して代物弁済の予約をさせたものであり、これは原告の窮迫に乗じ不正の利得を図つた公序良俗のものであるから無効である旨主張するので、まずこの点について判断する。(証拠―省略)によれば、本件物件が昭和三六年四月三日付神奈川新聞紙上に日の出商会という土地売買周旋業者によつて坪金三万五千円で売地として広告に出されたことを認めることができる。そしてこの事実に基けば少くとも昭和三五年一一月当時においても本件土地の相場は坪金三万円以下ではなかつたものと推定することができ、成立に争のない乙第三号証中の本件物件の時価に関する記載をもつてしても右推定を覆しえず他にこの推定を覆すに足りる別段の証拠はない。そうだとすれば、本件物件に対する問題の代物弁済の予約のなされた当時における時価は金六百五十七万円以上であつたことが窺われ、代物弁済予約の充当債権額金七十万円の実に九倍強のものであることとなる。してみれば、充当債務額とかように開きのある物件につき僅か三ケ月後にその支払に代えてその所有権を取得しうる旨の本件代物弁済の予約は著しく過大な利益を得ることを目的とした契約として公序良俗に反する無効なものといわなければならない。尤も被告古谷は、原告は当時訴外内山商事より本件物件を担保に金六十三万円を借受け、期日を経過するときは本件物件を代物弁済として右訴外会社によつて取得されることになつていたところ、たまたま被告古谷が第三者を通じて原告より金融の依頼をうけ、乞われるままに原告との間に本件消費貸借契約をなしたもので、被告古谷としては原告に対して金融によつて巨利を博すべき意図はなかつたものであるから、本件代物弁済の予約は公序良俗に反しないものである旨主張し、(証拠―省略)よりすれば、原告は当時内山商事より本件物件に抵当権を設定し、且つ代物弁済の予約をしたうえで借受けた債務が期限を過ぎて元利ともに金六十三万円に達していたため、これが返済のためと、さらにそのほかに原告の新築する家屋の資金を調達する目的もあつて、適当な金融の口を求めていたところ、たまたま被告古谷を紹介されて同人より本件の借財をするに至つた事情を窺うことはできるけれどもこのことから直ちに被告古谷に巨利を博すべき意図がなかつたものと結論することはできない。却つてかような事情は原告側の窮状に被告古谷が便乗したことを意味するものとも解せられ、一方(証拠―省略)よりすれば、本件物件の現在の所有名義人である被告塚本は、本件契約締結の当初から金員の授受に立ち会つていることが認められるので、むしろ被告古谷は当初より或程度計画的な行動をしていたのではないかとの疑の余地もないわけではない。いずれにしても、少くとも被告古谷には全く巨利を博そうという意図がなかつたから本件代物弁済の予約が公序良俗に反しないとの被告古谷の主張は採用できない。
してみれば、以上の事実に基けば、被告古谷が右代物弁済予約の完結によつてした本件物件の所有権の取得ならびに被告塚本の被告古谷よりの転得はいずれも無効であるからその余の点の判断をまつまでもなく原告主張の本訴請求はすべて理由があるので、これを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条に従い主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所
裁判官 小 木 曾 競
目録(省略)